サルヴァトーレ・フェラガモ  <世界情勢/海外ニュースの読み方>
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サルヴァトーレ・フェラガモ (プチ現代偉人物語)
 



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【発行・編集】 オフィス ケン・ハービー (Office Ken-Herbie)

■今回の偉人■

サルヴァトーレ・フェラガモ
<第1話>
サルヴァトーレ・フェラガモは、イタリアのボニートという人口わずか4500人足らずの村で生まれた。

当時、村は貧しく、仕事がなかったので、人々は皆12歳になると、職人になるか、または仕事を求めてアメリカへ移民する のが一般的であった。

家の真向かいに靴の修繕屋があったフェラガモにとって、そこは幼い頃から唯一の遊び場でもあった。今では考 えられないが、当時のイタリアでは、靴職人は社会の最低の階級であって、靴職人になることは「一家の恥」とされていた。 しかし、フェラガモは9歳になると、靴屋になりたいと両親に訴えたのだった。
「靴屋の修行をさせてください」

当然、両親は大反対。絶対に認めてもらえることはなかった。

ある日のこと、フェラガモが家に帰ると母親が悲しみにくれて、父親に話しているのを聞いてしまう。 妹が明日の教会の洗礼式で履く靴がないのだった。この式では、白い靴を履く決まりなのだが、誰も貸してくれる人がおらず、まして買うお金もなかった。思い立ったフェラガモは、向かいの靴修繕屋から道具と生地を持ち出し、徹夜で白い靴を作りあげてしまったのだった。

その日からは、両親の反対もなくなり、フェラガモはいよいよ靴職人としての修行を始めることとなった。 


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<第2話>
靴作りの修行は、すぐに技術を身につけたいフェラガモにとって、大変根気のいるものであった。

まずは、親方の子供の面倒を見ることから始まり、させてもらえる仕事と言えば、使用済の釘を再び利用するた めに、叩いて伸ばすことだけであった。毎日朝の6時から夜の9時まで仕事をし、休みは日曜日の午後だけであったが、いったん仕事を始めると、時間 を忘れて、仕事に没頭するので、休みがないのは全く苦痛にならなかった。

徐々に、親方の仕事を代わってできるようになると、10歳の子供でありながら、一人前の給料をもらうようにもな った。いまだに自分は裸足のままであったが、フェラガモには、自分の靴を作ることよりも、他にやるべきことがあるのだと感じ始めたのであった。

そんなとき、盲腸炎を患った父が突然亡くなった。


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<第3話>
突然、父親を失った一家の家計を支えることになったフェラガモは、しばらくすると、彼の才能を理解する周囲の 人達から、村を出て大都市のナポリへ行くことを薦められるようになった。

11歳になったフェラガモは、ついに母親を説得。 ナポリへと向かった。ナポリへ降り立ったフェラガモは、早速、 その日から仕事探しを始めた。 母からもらった僅かのお金で切符を買った為、手元にはわずか数百円しか残っ ていなかった。

あらゆる靴屋を回って働き、靴職人として何か吸収できるものがないかと探し続けたが、結局、何も得るもののな いまま次々と店を変わっていった。

12歳の時、フェラガモは自分の店を開くことになる。初めは、数人の友人と親戚からの注文の靴を作っていた。 しばらくすると、他の靴屋になく、ナポリのような大都会でも買えない様な、立派な靴が手に入るという評判が広が り、フェラガモの店は順調に伸びていった。 


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<第4話>
14歳のとき、アメリカに出稼ぎに行っていた兄の1人が帰省した。弟の靴づくりに感心した兄は言った。
 「アメリカへ一緒に行こう。アメリカでは、機械が一瞬にして靴を作ってしまうんだ!」

こうして、熱心な兄の説得は幾日も続いた。

はじめは、あくまで手作りの靴にこだわっていたフェラガモも、ついにアメリカ行きを決心する。
 「機械化を進めて、大きな工場をイタリアにつくり、多くの人々のために靴を作るのだ」と。

アメリカに渡ると兄弟4人と合流した。 さっそく兄の紹介で一流の靴メーカーの工場を見学させてもらう。 しかしそこで見た靴は、フェラガモの考える靴の水準とは大きくかけ離れたものでしかなかった。

そんなある日、アメリカン・フィルム・カンパニーという大手映画会社の衣装用の靴をつくるチャンスが巡ってきた。 フェラガモは、映画俳優用の靴をつくり始めた。


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<第5話>
アメリカン・フィルム・カンパニーでの仕事は、初めのうちは衣装としてのブーツや靴を作ることだったが、次第に、 有名女優たちが、フェラガモに自分のプライベート用の靴を注文するようになっていった。

女優たちは、他人と違ったデザインを要求してくるので、フェラガモは、これ幸いと、自由な発想でいろんな靴を創 作することができた。そして、有名女優たちが履くと、そのデザインが流行していくことになった。

その1つ、「ローマンサンダル」は初めのうちはまったく受け入れられなかった。なぜならば、当時の女優たちは、 足を見せることを嫌い、甲が極力隠れる靴を履きたがったからだった。

転機は、意外なところからやってきた。 イタリアを訪れたインドのプリンセスが、このサンダルを気に入り、それを 履いて颯爽と街を歩く姿を、新聞が取り上げたのだった。
 

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<第6話>
アメリカでの生活にも慣れたフェラガモは、アメリカに帰化する。

万事順調だったフェラガモに、ある日転機がやってきた。 アメリカン・フィルム・カンパニーが、高い税率から逃れるため、 ハリウッドへ移転することになったのだ。

フェラガモも、未来の夢を託してハリウッドへの移転を決め、 初めて銀行から借り入れをして、事務所を構えた。銀行からお金を借りる時に、彼はこう聞かれた。 「貴方は、何歳ですか」 フェラガモは答えた。「37歳になったところです」
 
当時、フェラガモは、まだ24歳だったのだが、若すぎると貸してもらえないと思い、 とっさに年齢を偽ったエピソードである。


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<第7話>
フェラガモは、ハリウッドで成功するには生産量を上げる必要性を感じていた。

そして、より多くの人に自分の靴を履いてほしい一心で、 イタリアの職人に、その人手を求めた。 しかし、最高の品質を維持し続けるには、フェラガモ自身が生産を管理するしかなく、販売は他人に委ねざるを得なかった。

他人に任せた販売部門は、結局、満足のいく経営ができず、 そんな折、世界恐慌がやってきて、ついに事業は拡大しているにもかかわらず、倒産してしまった。

途方にくれていたフェラガモのそばに、職人たちが集まってきた。
「私達は、またあなたの為に働きたい」

フェラガモはすべてを無くしてはいなかった。忠誠を尽くしてくれる職人たちがいたのだ。 靴作りを再開するにあたり、フェラガモは改めて決心する。
  :借金は返済し、今後はすべて自己資金でまかなうこと
  :販売は輸出だけに頼らないこと
  :そして、なによりも機械は一切使わないこと


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<第8話>
破産処理に多大な労力と時間を失ってはいたが、再開した靴作りは、少しづつ増えてきていた。

そんな最中、世界大戦が勃発。物資の供給は滞り、踵を支えるはがねが手に入らなくなってしまった。 そこでひらめいたのが、コルクを使ったウェッジソールの靴だった。 これも爆発的に人気が高まり、アメリカで売られた靴の80%以上が、ウェッジソールと言われるまでになった。

徐々に、借金の返済もできるようになってくると、昔からの友人たちも、再びフェラガモの周りに集まる様になっていた。

その頃、フェラガモは、フィレンツェにあるスピーニ・フェローニ宮殿を、靴作りの職場として借りていたのだが、ついに、その場所を買い取ることができるほどになった。

そして、数ヶ月後には、イル・パラージョという13世紀に建てられた邸宅をも購入し、こうして、フェラガモはイタリアを代表する大富豪となっていった。


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<第9話>
ある日、40才前後の女性が店に入ってきた。でっぷりと太った体に、不釣合いな小さな足をしていて、自由に歩くことができない様子であった。

女性は「きれいな靴を作ってください」と注文をした。 フェラガモは答えた。 「その前に、きちんと歩けるようにして差し上げましょう」 「あなたには、正しく歩ける靴が必要です」

早速、足の傷んだところを楽にするフィッティング靴を女性のために作った。その後、女性の体重は減り、足は健康を取り戻し、再び町中を闊歩できるようになった。

フェラガモの靴は美しいばかりではない。 靴型を作るためのフィッティング技術と才能は、多くの人々に歩ける喜びを与えてきたのだった。


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<最終話>
フェラガモはファッション界のオスカー賞とも呼ばれている 「ニーマン・マーカス賞」を受賞する。

没後は、ワンダ夫人や子供達が「フェラガモ」をブランドとして築きあげ、洋服・スカーフ・ハンドバッグなどの販売を通して、発展を続けている。

日産1万足以上の靴の販売は、フェラガモが残した最大の遺産であり、今では紳士靴の販売まで行っている。

フェラガモの靴工場であったフィレンツェにあるスピーニ・ フェローニ宮殿は、現在博物館となり、1万足以上の靴のコレクションを所蔵している。

「手作りで足にフィットする靴」は、これからも受け継がれていく。




サルヴァトーレ・フェラガモ(1960年、62歳で生涯を閉じる)







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