マドンナ <世界情勢/海外ニュースの読み方>
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マドンナ (プチ現代偉人物語)
 



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■今回の偉人■

マドンナ・ルイーズ・ベロニカ・チコーネ(マドンナ)

<第1話>
1958年8月16日、マドンナはデトロイト郊外の小さな街で、6人兄弟の3番目の子供(長女)として生まれた。母親のマドンナ・ルイーズ・フォーティンから取って、マドンナと名付けられた。 しかし、その母はマドンナがまだ5歳の頃に、この世を去ってしまう。 それ以来、まだ幼いながらも、誰にも頼らず生きていくことを誓ったマドンナは、自分のことは、自分でやっていこうと決心したと言う。父はやがて再婚するが、マドンナは継母との関係がうまくいかず、肩身の狭い、不自由な日々が続いていた。
 
一方、学校ではオールAをとったこともある程、成績優秀であり、IQ140超える持ち主でもあった。 ある日、父はマドンナにピアノを習わせようとした。しかし、マドンナは「他人の音楽」を習うのは嫌と言い張り、バレエを習いたいと、逆に父を説得した。

時に、「傲慢」と言われる裏側には、子供の頃より、絶対に自分のやり方を曲げようとしないところにあったのかもしれない。 マドンナ、11歳の時であった。



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<第2話>
1972年、ハイスクールへ入学したマドンナは、チアリーダーチームとフランス語クラブに所属する。そのころは、スティービーワンダーやジャクソンファイブを好んで聞いていた様だ。ハイスクール卒業後は、ミシガン大学へと進んだ。ダンスでの奨学金制度を受け、バレリーナを目指し本格的にレッスンを始めた頃でもあった。

ニューヨークへ行ってスターになると決意したマドンナは、勉強を続けながら演劇やダンスを学ぶように説得する父親を振り切り、大学を1年で中退する。1978年、憧れのニューヨークへ。 ポケットには、わずか35ドルしか入っていなかった。

アルバイトをして、食べつないでいたマドンナは、ついにフランスのパトリック・ヘルナンデスが主催するダンサー オーディションに合格する。今度はパリへ向かうこととなった。 ところが、多忙なヘルナンデスはマドンナを放らかしたままであった。 落胆したマドンナは、結局、ニューヨークへと舞い戻るのだった。



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<第3話>
1980年、ニューヨークへ戻ったマドンナは、ドラム・ギター・ピアノを習得し、「エミー」というバンドを結成して、自分で音楽を作るようになっていった。 その後、スポンサーになる男性が次々と入れ替わったが、「エヴリバディ」のデモテープにより、5000ドルで契約を交わし、念願のデビューを果たした。
 
「マドンナ・ザ・ファーストアルバム」(日本では「バーニングアップ」)がリリースされると、ぼさぼさのブロンドヘアのマドンナは、アメリカ全土の若者達の間で、熱狂的なブームとなった。 そして、セカンドアルバム「ライク・ア・ヴァージン」は、ついにマドンナをスターへと変えた。

1984年に発売されたビデオ「ラッキー・スター」は、15週連続でトップ5入りし、エルビス・プレスリーやビートルズが持つ記録を破った。 ニューヨークへ出て6年。マドンナはスターの座を完全なものとした


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<第4話>
1985年8月16日、マドンナ27歳の誕生日。人気俳優ショーン・ペンと1度目の結婚をする。 私生活でも幸福を手に入れたかに見えたマドンナだったが、次第にパパラッチの執拗な追跡にストレスがつのり、夫のペンもカメラマンに暴力を振るったり、酔っ払い運転で逮捕されるなど、多難な結婚生活を余儀なくされていた。

また、夫婦で出演した映画「上海サプライズ」はスタッフに恵まれず、不評に終わるなど、不調な日々が続いたが、マドンナは常に気持ちを前向きに保とうと、懸命に努力を続けた。

一方、本業のコンサートツアーは、1987年夏の「フーズ・ザット・ガール?」が記録的な興行成績をあげた。この頃のマドンナは、2万人以下の会場でコンサートを開くことは決してなかった。

1989年1月、ショーン・ペンと離婚。映画も相変わらず不調続きだったが、歌手としての成功と富を手に入れた。しかし、マドンナには、まだ「女優としての成功」と「母親になる」という夢が残されていた



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<最終話>
1996年、恋人だったカルロス・レオンとの間に、念願の子供ルルドが生まれる。結婚することはなかったが、イギリスへ転居した後も、レオンやルルドと逢えるように、アメリカとイギリスを行き来する生活を送っていた。
 
1998年には、新恋人のイギリス人映画監督、ガイ・リッチーと出会い、2000年にはロッコが生まれている。 そしてこの年の12月22日、ガイ・リッチーの誕生日に結婚。

映画の世界では「エビータ」によって、ゴールデン・グローブ賞を受賞。この映画への出演は、過去のどの作品よりも、マドンナが強く望んだものであった。

50歳を迎えようとするマドンナは、夫の愛情と愛しい子供達に囲まれた安定した暮らしこそが、自分を満たしてくれると思うようになり始めていた。

この世で欲しいものは、すべて手に入れた。マドンナの変身は、これで終わりを告げてしまうのだろうか・・・

いいえ、ことマドンナに関しては、そんなことはありえない。まだまだ変身を遂げていく彼女に注目である




マドンナ・ルイーズ・ベロニカ・チコーネ(マドンナ) 47歳







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