中東・中近東<世界情勢/海外ニュースの読み方>
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掲載日 キーワード 解説
2007.7.23 タリバーン タリバーンはパシュトゥーン人を中心とする武装勢力。パキスタンの強力な支援を受けて急激に勢力を拡大。2001年ごろまで、実効支配していたイスラム主義右翼政権である。アメリカのアフガン侵攻により壊滅的な打撃を受け、政権の座を失った。ターリバーンは、過度に今までの娯楽や文化を否定し、また公開処刑を日常的に行うなど、過激な活動をおこなった。ターリバーンがアルカーイダを客人として自国内に滞在する ことを許したことをきっかけに、国際的に孤立を深めていった。しかしながら、指導部の多くを失うことなく地に潜ったタリバーンは、2006年中には南部四州で都市部以外の支配権を獲得するに至ったと言われるタリバーンの拉致事件は頻発しており、3月に南部でイタリア人記者を拘束。4月3日にはニムローズ県でフランス人NGO活動家2人とアフガン人職員3人がタリバーンに誘拐されている。
2007.6.18 ファタハとハマス ファタハが国際社会の支援を得てパレスチナ和平の推進を目指す立場を取るのに対し、ハマスはイスラエルの存在、そのものを否定するイスラム原理主義を原則としている。昨年1月の評議会選挙ではハマスが圧勝し、3月にハマス内閣が発足したが、その後もファタハとハマスの抗争は激化。今年3月、挙国一致内閣を樹立し、局面の打開を図ったが、その後も対立は解消できず、挙国一致内閣は発足から3ヶ月で崩壊し、今月9日に本格的な戦闘が再燃していた。9日以降、ハマスとファタハの武力衝突による死者は110人を超えた。 
2007.6.11 クルド民族 国家を持たない最大の半遊牧民族で、トルコ・イラク・イラン・シリア周辺の国境地帯に住み、総人口は2〜3000万人と言われている。独自の言語・文化を持ちながら、前述のそれぞれの国に居住地を分断されてしまった悲しい運命を持ち、いずれの国でも、マイノリティーとして扱われ、各国で独立・自治を求めて、政府と衝突している。しかし、フセイン後に行われた民主選挙の結果に基づいて、イラク新政権では第2の勢力となり、大幅な自治が認められる様になったことから、周辺国のクルド人に与える影響が出るのではと見られている。
2007.5.8 トルコの政局 フランスと違い、トルコの大統領は議会において、議員の投票によって決められる。現在は、イスラム主義を提唱する公正発展党(AKP)が議会の総議席550のうち、354議席を占め、与党となっているが、長年、トルコは政治や社会から宗教的な要素を排除しようとする政教分離(世俗主義)を国是としてきたため、与党(イスラム主義)と野党(世俗派)の対立が激しい。事態打開のため、与党・公正発展党(AKP)のエルドアン首相は、大統領の公選制(国民投票の導入)などの考えを明らかにして、今年11月に予定されていた総選挙を7月に前倒しして、民意を問うことを決めた
2007.4.10 マリキ首相(56) 2006年5月に発足したイラク正式政府の初代首相。1950年生まれ。2005年12月に行なわれた初の民主選挙で、イスラム教シーア派が多数の議席を占めたことに、スンニ派が反発。ジャファリ移行政府首相の就任に難色を示し、正式政府の首相選出は、4ヶ月以上にわたり難航したが、側近であったマリキ氏を擁立することで、統一イラク連合の意見がまとまり、初代首相に就任した。マリキ首相は、サダム・フセイン政権下で迫害にあい、死刑の判決を受けたために、1980年にシリアに亡命。フセイン政権が崩壊した後にイラクへ帰国し、ジャファリ元首相の側近として、イラクの復興に尽力していた 
2007.3.5 サウジアラビア アラビア半島に位置し、面積は日本の5〜6倍だが、その大部分は砂漠・土漠。人口は2000万人強。イスラム教発祥の地で、国教をイスラム教ワッハーブ派(スンニ派)と定めている。絶対王政が敷かれており、国の重要ポストは王族で占められている。国王は、イスラム法に基づいて、立法・司法・行政を司ると同時に、宗教上の最高指導者でもある。国民の生活は、毎日の礼拝から、女性は外出時に黒いマントで頭から足まで覆い隠さなければいけないこと、アルコールの完全禁止など、イスラムの戒律が厳格に守られている
2007.2.15 ムクタダ・サドル師(年齢不詳) イスラム教シーア派の法学者であると同時に、過激な反米主義を唱え、民兵組織マフディー軍の指導者としての顔を持つ。イラクのシーア派有数の名家の出身で、父親はシーア派の高位聖職者であったが、サダム・フセイン政権下の1999年に暗殺されている。その毛並みの良さと、バグダッドのシーア派居住地域での父から引き継いだ社会慈善の活動を拡大することで、民衆からの支持を急速に広めていったが、いつしか、主流から外れるところとなっていったところに、イラク戦争が開戦。サドル師は、米軍に対して強硬な態度を取って抵抗を続け、やがて大規模な民兵組織を率いるに至った。特に貧困層からは熱狂的な支持を受けており、米国はマハディ軍をイラクの治安にとって最大の脅威と位置づけ、掃討作戦を強化していた
2007.2.9 イランの核開発 長期にわたり、米国との断交を続けているイスラム教国家。2002年、イランの核施設の存在が明らかとなり、翌年、国際原子力機関(IAEA)の査察により、核兵器に転用が可能な高濃縮ウランが検出された。その後、イランは英仏独との間で交渉を始め、いったんはウラン濃縮に関連する作業を凍結したが、2005年8月、一方的にウランの転換作業を再開。国際社会の声を無視する形で、核研究施設の封印を除去し、核燃料に関する研究を再開している。核拡散防止条約では、米・英・仏・露・中国以外の国は核兵器を保有を放棄するかわりに、平和利用の権利を認められている。 長期にわたり、米国との断交を続けているイスラム教国家。2002年、イランの核施設の存在が明らかとなり、翌年、国際原子力機関(IAEA)の査察により、核兵器に転用が可能な高濃縮ウランが検出された。 その後、イランは英仏独との間で交渉を始め、いったんはウラン濃縮に関連する作業を凍結したが、2005年8月、一方的にウランの転換作業を再開。国際社会の声を無視する形で、核研究施設の封印を除去し、核燃料に関する研究を再開している。核拡散防止条約では、米・英・仏・露・中国以外の国は核兵器を保有を放棄するかわりに、平和利用の権利を認められている
2007.1.30 シーア派とスンニ派 7世紀、唯一神(アッラー)の啓示を受けた預言者ムハンマドによって始められたイスラム教は、ムハンマドの死後も、勢力の拡大を続けたが、やがて、指導者の後継者をめぐって、対立することとなった。ムハンマドの従兄弟で、娘婿でもあったアリーとその子孫だけが後継者となる権利を持つと考えるグループ(シーア派)と預言者ムハンマドの時代より受け継がれた慣行(スンニ)を重視するグループ(スンニ派)に分裂していった。イスラム教徒全体の約90%をスンニ派が占めるが、イランとイラクではシーア派が圧倒的に多い。イランではシーア派が国教とされており、人口の約95%がシーア派に属する。また、イラクにおいても、約60%がシーア派である
2007.1.26 レバノン 元来、シリアの一部であったが、第1次世界大戦後フランスの統治下に入ると、キリスト教徒の多かったこの一帯はシリアから切り離され、フランス委任統治領レバノンとなった。中東地方では珍しいキリスト教徒の多い国として、やがて独立を果たすが、パレスチナを追われたPLO(パレスチナ解放機構)が 流入すると、キリスト教、イスラム教、PLOらが入り乱れ1975年に大規模な内戦に突入。1982年、PLO排除の名目で、イスラエル軍が侵攻。この時に、反イスラエル軍の組織として創設されたのがヒズボラである。内戦終結後は、国会の議席をキリスト教、イスラム教を同数とした上で各宗派に配分するなど、バランスを保ちながら、平和を維持していた
2006.11.22 シリアの外交 シリアとイラクは共にアラブ社会主義政党「バース党」が統治(イラクはサダム・フセイン政権の頃)していたが、両党は考え方の相違から対立していた。1980年、イラン・イラク戦争が始まると、シリアはイラン側に付き、90年の湾岸戦争では多国籍軍に参加するなど、両国の関係は冷え切っていた。シリアはイスラエルとの反目から、パレスチナ過激派やヒズボラへの支援を続け、また、各地のテロリストや武装勢力らが、シリアとの国境からイラクに入ることで、アメリカはシリアを「テロ支援国家」に指定し、非難を続けてきた。突然の国交回復の背景には、イラク情勢の泥沼化で、アメリカが政策の転換を余儀なくされ、シリアの関与・協力を求める姿勢に変わりつつあることがあげられる。一方のシリアにも、イラク政府への協力姿勢を示すことで、欧米諸国との関係改善につなげたい思惑もあった
2006.11.6 サダム・フセイン(69) 1937年、首都バグダットから約150km離れた小さな村ティクリートに生まれる。実の父はフセインの誕生前に他界しており、フセインは、バグダッド知事を務めた叔父のもとに預けられた。叔父はイスラム民族主義者で、12歳でピストルの撃ち方を学ぶなど、叔父の影響を強くうけ、貧しいティクリートでの生活の中で、フセインも民族主義に染まっていった。20歳の時、政治集団バース党に加わった。党内でも過激な存在だったフセインは、やがて、カセム首相の暗殺計画に加わるが、失敗。国外へと逃亡し、エジプトで亡命生活を送る。転機が訪れたのは31歳の時、バース党が政権をとり、同じティクリート出身で、親類のバクルが大統領となった。フセインは、バクル大統領から祖国に呼び戻され、わずか1年後、副大統領へと昇進する。1979年、バクル大統領が引退し、大統領へ就任すると、隣国イランとの協定を一方的に破棄し、イランとの戦争を開始した
2006.10.6 アザデガン油田 世界屈指の埋蔵量を誇る、イラン南西部にある油田。戦争などで、開発が遅れていたが、2004年に日本の企業3社とイランの国営企業が、開発に向け、契約に正式調印した。日本が75%の権益を持っており、わが国が権益を握る世界で数少ない油田として、将来のエネルギー政策に、重大な影響を持つ。投資総額は約2360億円にも上る。イラン制裁の観点から、米国は日本に対して、度々、開発中止の要請・圧力をかけている
2006.9.27 オサマ・ビンラディン 1957年生まれの49歳と考えられている。1979年、ソ連のアフガニスタン侵攻の際、義勇兵として、アフガニスタンに渡り、ソ連軍との戦闘に参加。当時は、冷戦下にあったアメリカからの支援を受けていた。この時に、戦友らと結成したのがアルカイダである。しかし、アフガニスタンから帰国後、湾岸戦争が始まると、サウジアラビアが米軍を国内に駐留させたことに激しく反発。以降、急速に反米活動へと転じていった。サウジアラビアで建設業を営む大富豪一族の出身で、意外にもアメリカとのつながりが強い。父は、元大統領のブッシュ(父)と共に、ある投資グループで役員を務めていたことがあり、兄はブッシュ現大統領がかつて経営していたエネルギー会社の共同経営者であった 
2006.8.29 トルコ共和国 アナトリア半島(アジア側)とバルカン半島東端(欧州側)の、アジアとヨーロッパにまたがる国家で、国民の99%がイスラム教徒である。かつて、トルコ政府はトルコ国民はすべてトルコ語を母国語とするトルコ人であるとの立場を取り、少数民族そのものの存在を否定し、トルコ語以外の出版や放送を禁じていた。数百万人とも言われるクルド人たちは、これに抵抗し、一部の過激なグループが、1974年に、クルド人の独立国家建設を目指す武装グループを組織し、各地でテロ行為を行った。一説には、「クルド労働者党」によるテロ行為により、約30年の間に民間人3万人以上が犠牲になったとされている。日本では、トルコを中近東の国に含めることが多いが、オリンピックやW杯サッカーでは、トルコは欧州の一員として含められている
2006.8.25 アザデガン油田 世界屈指の埋蔵量を誇る、イラン南西部にある油田。戦争などで、開発が遅れていたが、2004年に日本の企業3社とイランの国営企業が、開発に向け、契約に正式調印した。日本が75%の権益を持っており、わが国が権益を握る世界で数少ない油田として、将来のエネルギー政策に、重大な影響を持つ。イランへの制裁の立場から、米国は日本に対して、度々、開発中止の要請・圧力をかけている。 
2006.8.3 ヒズボラによるテロ事件 シーア派民兵組織ヒズボラが起こしたとされる主なテロ事件には、以下の様なものがある。
:83年、米仏の海兵隊宿舎への自動車爆弾テロにより、 米兵241名、仏兵58名が死亡。
:85年、イタリア上空でハイジャックし、収監中の囚人数百人の仲間の釈放を要求。17日間にわたって、人質を拘束した。
:94年、南米ブエノスアイレスのユダヤ人センターでの自爆テロにより、86名が犠牲に。
:96年、サウジアラビアの米軍宿舎を爆破し、19名が死亡している
2006.7.26 レバノン 元来、シリアの一部であったが、第1次世界大戦後、フランスの統治下に入ると、キリスト教徒の多かった、この一帯は、シリアから切り離され、フランス委任統治領レバノンとなった。中東地方では珍しいキリスト教徒の多い国として、やがて独立を果たすが、パレスチナを追われたPLO(パレスチナ解放機構)が流入すると、キリスト教、イスラム教、PLOらが入り乱れ、1975年に大規模な内戦に突入。1982年、PLO排除の名目で、イスラエル軍が侵攻。この時に、反イスラエル軍の組織として創設されたのがヒズボラである。内戦終結後は、国会の議席をキリスト教、イスラム教を同数とした上で、各宗派に配分するなど、バランスを保ちながら、平和を維持していた
2006.7.14 ヒズボラ 1982年に結成されたレバノンのイスラム過激派。レバノン南部を支配していたイスラエルと武装闘争を続け、2000年にイスラエルが撤退した後も、国境付近での戦闘を繰り広げている。陰で、イランとシリアが支援していると言われており、これまでに、アメリカやイスラエルの関連の施設への大規模なテロ攻撃を再三繰り返しており、アメリカは「テロ組織」に指定している
2006.6.23 赤水晶 白地に菱形の赤い枠をデザインしたもので、赤十字国際委員会は「いかなる宗教や政治にも関係なく、どんな言外の意味合いも含んでいない」としている。採択には144か国が出席し98か国が承認。反対が27 10か国が辞退した。そもそもこのマークはイスラエルが提案していたがパレスチナ紛争が激化するなどの障害により13年かかって承認されたものである
2006.6.21 ムサンナ県に駐留する各国軍の対応 2004年1月に派遣された陸自は、2年半にわたった復興支援活動を終え、撤収作業に入る。一方、イラク南部⇔クウェート間で、多国籍軍の物資や人員の空輸活動に従事している空自(約200名)は、今後、輸送先をバグダッドにまで広げ、活動を拡大させる方向。同じムサンナ県に駐留していたオーストラリア軍(約460名)は、イラクからの撤退は行わず、他の地方に移動して活動を続けることになる模様。 同様にイギリス軍(約150名)も、周辺地域に移動し、活動を行う見込み
2006.6.12 アッバス議長の提案 3月の総選挙で勝利したハマスが政権を握ったことで、欧米等からの財政支援が停止され、パレスチナは政府職員の給与も支払うことができない程、財政難に陥っている。ハマス政権では国際協力が得られないと判断したアッバス議長は、ハマスを含む各派に対し、和平への提案文書として「イスラエルとの2国家共存」「パレスチナ解放機構(PLO)の機能復活」を受入れを迫った。民間の調査会社の調べでは、パレスチナ住民の約8割が同和平案には賛成の意思を示しているが、イスラエルの存在を認めないハマスのハニヤ首相は、「住民投票は違法」と述べ、強く反対している
2006.6.9 アブムサブ・ザルカウィ 2003年のバグダッドでの国連事務所爆破テロや、日本人・香田証生さん殺害事件などの黒幕とみられている人物。ヨルダンの貧しい家に生まれ、高校中退後はアフガニスタンへと渡りテロリストの訓練を受けた。ビンラディンへの忠誠を誓い、自らの組織を「イラクの聖戦アルカイダ」と改名。極めて計算高く、頭脳明晰で、「聖戦」を強く信奉している。米国は、同容疑者を国際テロ組織「アルカイダ」の中心人物とみなし、その首に2500万ドル(約27億円)の懸賞金をかけ、行方を追っていた。 以前は、アメリカへの抵抗から、彼を支持する人も少なくなかったが、最近は、あまりの卑劣・凶悪ぶりに、出身部族や多くのイスラム教徒からも非難の声があがり、孤立していた
2006.5.25 トルコ  人口は約6800万人。トルコ族が80%、クルド族が20%。宗教は99.8%がイスラム教徒の国である。日本では、中東地域として扱われるが、オリンピックをはじめ経済的、政治的にもヨーロッパの一員として扱われることが多い。隣国ギリシャとは、大陸棚と島の所有権などで対立している北大西洋条約機構(NATO)加盟国であり、現在欧州連合(EU)へ加盟申請中である。ギリシャはこれを支持しており、ここ数年は両国の関係は改善の兆しを見せている
2006.5.22 撤退を模索する駐留軍 現在、イラクには17万人を超える外国部隊が駐留しているがイラク人による本格政府が発足したことを受け、各国は、削減・撤退を具体的に検討し始めた。約8000人を派遣しているイギリスは、イラク政府と治安権限の移譲に関する協議を進め治安の安定している地区から、順次撤退を開始する予定。今月末に約1000人が撤収する。日本の自衛隊も、小泉首相の任期が切れる9月をメドに完全撤退を検討している。また、15万人近くを派遣しているアメリカも、秋に行われる中間選挙前には、相当数の撤退があると見られている
2006.4.26 シナイ半島 アラビア半島とアフリカ北東部の間にある、エジプトの半島で東端はエジプトとイスラエルとの国境。古くは、シナイ山でモーセが神から10の戒律(モーセの十戒)を受けた場所として知られている。1967年の第3次中東戦争で、イスラエルが侵攻し、占領するが、1979年にエジプトに返還された。紅海に面し、美しい海岸とダイビングの名所として、イスラエルやヨーロッパから多くの観光客が訪れる。 昨年7月には、シャルムエルシェイクの高級ホテルなどで連続爆弾テロが発生し、88人が死亡。一昨年にも34人が死亡する爆弾テロが発生しており、いずれもアル・カイダ系の組織が犯行声明を出している
2006.4.24 イラク本格政権 イラクに本格政権を樹立させるプロセスは、ようやく最終段階を迎えたと言える。これまでの流れを振り返って見ると、
 :2003年4月    フセイン政権が崩壊。
 :昨年1月  − 憲法の草案を作成するための国民議会を選出するイラクで初の民主的選挙。
 :昨年10月 − 国民投票で憲法草案を承認。
 :昨年12月 − 総選挙で連邦議会(定数275)を選出。1位にシーア派、2位クルド勢力、3位スンニ派。
 :今年4月  − 大統領、首相を正式に選出。
2006.4.13 イランの主張 演説の中で、大統領は「イランは国際規範を守り、平和利用に限定した産業規模での核開発をめざす」ことを強調し、国際社会に対して、「原子力の平和利用の権利」を訴えかけた。核拡散防止条約では、米・英・仏・露・中国以外の国は核兵器を保有を放棄するかわりに、平和利用の権利を認められている
2006.4.11 イラン 旧ソ連や中東諸国への防波堤として、第2次大戦後は、アメリカからの支援を受けてきたイラン。その影響で、かつては、中東で最も西洋化された国であった。「西洋的価値」が広がることに不満を持つ学生やイスラム教徒らが立ち上がり、1979ホメイニ師を中心とする革命に発展。 当時の王朝を倒して、イスラム教国家を樹立した。以降、アメリカとは断交しており、悉く、対立している。石油埋蔵量はOPECの中で2位を誇り、天然ガスの埋蔵量も、ロシアに次いで2位というエネルギー大国である
2006.3.30 最近のパレスチナをめぐる動き この半年間で、パレスチナ和平問題に大きな動きが出ている
:昨年9月−38年に及ぶ占領を経て、イスラエルがガザ地区からの完全撤退を完了
:昨年11月−シャロン首相が与党リクードを離党し、新党カディマを結成。
:今年1月−シャロン首相が脳卒中で倒れ、政界への復帰は絶望に。
:今年1月−パレスチナでイスラム原理主義組織ハマスが選挙で勝利。
イスラエルの存在を否定し、武力闘争を掲げるハマスと分離壁を築くことによって、パレスチナ居住区との一方的な「国境」を画策したいカディマでは、当面、接点を見つけることが難しく、交渉を通じた和平の実現の可能性が遠のいたと言える
2006.3.3 香田さん殺害事件 2004年10月26日、ヨルダン人のテロリスト、ザルカウイ容疑者が率いる「イラクの聖戦アルカイダ」に関連すると見られる武装ゲリラが、イラクを旅行中だった日本人男性を拉致し、インターネットでビデオ映像を公開した。ビデオでは、黒ずくめの覆面男3人が、日本人男性を凶器で脅し、日本政府に48時間以内に自衛隊を撤退させる様に迫った。 その時に映し出された3人の内、左端の男が今回、殺害を自供した男である。その5日後、香田さんの死体が捨てられているのが発見された
2006.2.21 ハマス勝利後のパレスチナ イスラム原理主義組織ハマスが選挙に圧勝したことを受けてパレスチナ自治政府には各方面からの圧力によって援助資金が減少し、財政を圧迫している様だ。アッバス議長は、昨日「自治政府が深刻な財政危機であること」を認めている。また、ハマスによる組閣が確実となったため、イスラエル政府は、パレスチナに代わって徴収している税金・関税の送金停止を決定した。イスラエルが代行徴収している税金額は、毎月約50億円にも上り、パレスチナ自治政府予算の約3分の1に及ぶ
2006.2.16 ウラン濃縮 天然のウランは、核分裂をおこさないウラン238を99%以上含む一方で、核分裂をおこすウラン235は、わずか0.7%しか含まない。原発の燃料や核兵器に利用するためには、このウラン235の割合を高める必要がある。ウラン濃縮は、六フッ化ウランを遠心分離器に入れて、高速で回転させることによって、ウラン235だけを中心に集める方法がとられる
2006.2.1 イランの核開発 2002年、イランの核施設の存在が明らかとなり、翌年、国際原子力機関(IAEA)の査察により、核兵器に転用が可能な高濃縮ウランが検出された。その後、イランは英仏独との間で交渉を始め、いったんはウラン濃縮に関連する作業を凍結したが、昨年8月、一方的にウランの転換作業を再開。先月には、国際社会の声を無視する形で、核研究施設の封印を除去し、核燃料に関する研究を再開していた
2006.1.27 ハマス ヤシン師によって創設されたイスラム教原理主義組織で、イスラエルの存在を認めず、イスラム国家の樹立を目指している。無差別に自爆テロを繰り返す過激派組織として知られているが、その一方で、福祉や医療・教育活動に熱心で、特に貧困層からは、絶大な支持を受けている。 創設者のヤシン師は、2004年3月、イスラエル軍によって殺害されている。その後も指導者と見られる人物が暗殺されたことから、イスラエルに殺害されない様に、現在の指導者は公表されていない
2006.1.24 イラクの今後 昨年12月15日に行われた、イラク人によるイラク本格政府を決める連邦議会選挙(定数275)の開票結果が発表された。シーア派の「統一イラク同盟」が128議席を獲得し、第一党の座を手に入れた。 クルド人勢力の「クルド同盟」が53議席で続き、1月の暫定選挙をボイコットしたスンニ派も44議席を獲得した。シーア派を中心とする連立の交渉が続けられており、大統領の選出や新内閣の発表には、まだ1ヶ月程度かかるものと見られている。いずれにせよ、正式にイラク新政権を担うこととなったシーア派は、強硬に反米の立場を取るサドル師を抑え込むことができるのであろうか?
2006.1.6 アリエル・シャロン(77) 2001年に与党リクードの党首として、首相に就任。PLOの故アラファト議長やハマスなどの過激派に対して強硬な姿勢・政策を貫いてきたが、一昨年にアラファト議長が亡くなってからは、その姿勢にも、少し変化が表れたかの様に思える。昨年9月、入植地撤退に反対する強硬派を押し切り、ガザ地区からの撤退を敢行。 38年間に及ぶガザ占領を終結させた。そして、11月には党内の強硬派との対立から、与党リクードを離党。 中道路線の新党カディマ(前進)を立ち上げ、主要な入植地は堅持しながらも、パレスチナを容認し、紛争の決着を目指すという新たな道を模索していた
2005.12.21 ユダヤ人とイスラエル国家 ユダヤ地方(パレスチナ南部)に住み、ユダヤ教を信仰していた人々は、古代イスラエル国を築いたが、バビロニア及びローマ帝国に滅ぼされた結果、世界各地に散らばることとなった。彼らは、各地で差別・迫害を受けたために、商業や金融を職業とせざるをえないケースが多かったが、やがて、その分野で才覚を発揮することとなり、各地に定着していった。やがて、世界各地に散らばったユダヤ人達が、祖先が長く暮らしていたイスラエルの地(パレスチナ)に帰り、故郷(ユダヤ人国家)を再建しようという運動(シオニズム)が起こり、現在のイスラエル建国の基礎となった
2005.12.16 イラク国民議会選挙 全国を18県に分けて、比例代表制で行われる。定数275、任期は4年。 また、候補者の3分の1以上は、女性でなくてはいけない。首都バクダッドの選挙区では、定数59に対して2000人以上が立候補するなど、イラク人の政治への参加意欲は強く、各選挙区共、激戦となった。即日開票され、結果は年末までには発表される見通し
2005.11.15 アブムサブ・ザルカウィ 2003年のバグダッドでの国連事務所爆破テロや、日本人・香田証生さん殺害事件の黒幕とみられている人物。推定38歳。ヨルダンの貧しい家に生まれ、高校中退後はアフガニスタンへ渡り、テロリストの訓練を受けた。片足は義足と言われている。ビンラディンへの忠誠を近い、自らの組織を「イラクの聖戦アルカイダ」と改名。極めて計算高く頭脳明晰で、「聖戦」を強く信奉している。米国は、同容疑者を国際テロ組織「アルカイダ」の中心人物とみなし、その首に2500万ドル(約27億円)の懸賞金をかけ、行方を追っている。以前は、アメリカへの抵抗から、彼を支持する人も少なくなかったが、最近は、あまりの卑劣・凶悪ぶりに、出身部族や多くのイスラム教徒からも非難の声があがり、孤立している
2005.11.11 ヨルダン イラクとイスラエルに挟まれる国土は、1946年の独立以来、不安定な中東情勢の影響を、常に受け続けてきた。人口の70%以上が、中東戦争によって生まれたパレスチナ難民とその子孫。基幹となる産業のないヨルダンは、古くより、石油資源の豊富なイラクからの援助に大きく依存してきた。その関係で、90年の湾岸戦争の際には、イラク側につき、他のアラブ諸国やアメリカとの関係が悪化した。今回のイラク戦争では、平和的解決を訴えるものの、対米協調の立場から、米軍の駐留を許可。 イラクの治安に対する不安からイラク国内入りできない外国人関係者やNGOの協議場所として、利用されている 
2005.11.10 新生イラク 10月に行われた国民投票によって、憲法の草案が承認されたことを受けて、12月15日、新憲法の下での総選挙が行われる予定。これによって、イラクの正統政府が発足することとなる。2003年3月に開戦したイラク戦争は、同年4月にサダム・フセイン政権が崩壊。今年1月には、初の民主選挙が実施され、4月に移行政府が樹立。10月の憲法草案に対する国民投票、そして来月に予定されている総選挙と、開戦から2年9ヶ月という月日を経て、新生イラクが誕生する
2005.10.17 イラク憲法草案 新しいイラクの国造りの基盤となる「新憲法」案は、各派の利害が対立する中、妥協・修正を重ねて、投票日直前になって、ようやくまとまった。草案では、国名をイラク共和国とし、連邦制を規定。イスラム教を国教とし、サダム・フセイン政権に仕えた人達を公職から追放している。また、アラビア語に加えクルド語も公用語とされている。今回の国民投票で承認されれば、新憲法をふまえて、12月15日までに再び総選挙が行われ、年末には、正式なイラク政府が発足する予定 
2005.9.14 イラク派遣の賛否 今回の選挙で当選した新議員480人に行われたアンケートでは、12月14日で期限が切れる自衛隊の派遣をめぐって、
 ・撤退すべき − 199人(41%)
 ・継続すべき − 163人(34%)
 ・無回答など − 118人(25%)
 という結果が出た
2005.9.13 ガザ地区  地中海沿岸の南北約50キロに延びる細長い地域で、エジプトが統治していたが、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが侵攻し、シナイ半島とともに占領した。その後、次々とユダヤ人入植地が建設されていった。21ヶ所の入植地が作られ、約8000人のユダヤ人が、約140万人のパレスチナ人に囲まれて暮らしている状態であったが、先月中旬、イスラエル政府の一方的な決定により住民達は撤退されられた
2005.9.1 シーア派への抑圧 スンニ派が実権を握っていたサダム・フセイン政権では、 シーア派の宗教行事は禁止されていた。 しかし、2003年4月の同政権崩壊以降に解禁となり、各種の巡礼行事が復活していた。この日は、8世紀に毒殺されたイスラム導師を悼むシーア派の宗教行事が行われており、100万人に上る巡礼者が集まっていた。 無防備の信徒が多数集まるこうした行事は、新生イラクを認めないスンニ派過激派の格好のテロの標的となっていた
2005.8.25 ユダヤ人入植地 イスラエルは、1967年の第3次中東戦争で占領したガザ地区とヨルダン川西岸地域に、ユダヤ人の入植政策を推進した。 入植者は、占領地を含むパレスチナ全域が「神から与えられた土地」と信じているものが多く、ガザ地区には、140万人のパレスチナ人に囲まれる様に、約8000人のユダヤ人が 暮らしている。 一方、ヨルダン川西岸には120ヶ所に及ぶ入植地があり、約20万人が住んでいる。 今回、イスラエルが入植地を手放すのは、38年に及ぶパレスチナ占領の中で初めてであり、一定の評価もできるが、 パレスチナ側との交渉もなく、一方的に決めた方針であり、また、西岸では約700キロにもわたる「分離フェンス」を建造するなど、手放しで歓迎できるものではない
2005.8.24 イラク民主化へのスケジュール 今年1月末の選挙により選出された国民議会は、8月15日を期限とし、イラク新憲法の草案作成を急いでいる。 以降、10月15日までに、この憲法の是非を問う国民投票が実施され、国民投票において承認されれば、12月15日までに新憲法下での総選挙が行われ、年内に正統政府が発足する
2005.8.9 イラク駐留軍の現況 日本の自衛隊と共に、サマワに軍を駐留させていたオランダが3月に撤退した後は、イギリス軍約600名が派遣され、治安維持にあたっている。約1700名を派遣しているポーランドは、来年の1月末に撤退することで、既に同盟国と合意済。 また、アメリカも来春に2〜3万人を引き上げることで協議に入ったと言われている
2005.8.2 サウジアラビア アラビア半島に位置し、面積は日本の5〜6倍だが、その大部分は砂漠・土漠。 人口は2000万人強。絶対王政を敷いており、国の重要ポストは王族で占められている。 国王は、イスラム法に基づき、立法・司法・行政を司ると同時に、宗教上の最高指導者でもある。 国民の生活は、毎日の礼拝から、女性は外出時に黒いマントで頭から足まで覆い隠さなければいけないこと、アルコールの完全禁止など、イスラムの戒律が厳格に守られている
2005.8.1 イランと英仏独の合意 イランは、査察に非協力的な国として、IAEA(国際原子力機関)から非難決議を受けていたが、昨年11月に行われてた英仏独3国との交渉で、ウラン濃縮に関連する活動を停止することで合意に達していた。 引き換えに、欧州から、平和利用のための核技術の供与や、新たな貿易協定による経済援助を受けることになっていた。 イランの核疑惑に関しては、イランを「悪の枢軸国」と非難する米国が強硬な態度を崩しておらず、欧州が仲裁に入った形となっていた
2005.7.13 自爆テロ テロリストによる武力攻撃の一種で、自らも死亡することを前提とした殺人行為。正義のための戦いをしたものとして、宗教的に英雄視される「聖戦美化」の思想と結び付けられることが多いが、実際は一般の民間人を対象としているため、卑劣な行為と言わざるをえない
2005.6.30 イラクの政治日程 2003年3月に開戦したイラク戦争は、既に2年以上が経過している。 今年1月、民主的に選挙が行われ、国民議会が発足した。4月には、ジャファリ首相による移行政府が発足し、現在は、主に憲法の草案作りに取り組んでいる。 今後の日程は、10月に憲法制定のための国民投票が行われ、年内には、新憲法下での総選挙が実施され、正統政府が誕生することになる
2005.6.27 イラン革命 第2次世界大戦後、イランは豊富な石油収入とアメリカからの支援を受け、「白色革命」と呼ばれる急速な近代化をすすめていた。その手法があまりに強引・急速であったことや、貧富の差が顕著になったことに、宗教界などが反発。1979年、イスラム原理主義に基づき、宗教指導者であるホメイニ師を中心に、パーレビ王朝を打倒。 イスラム共和国家を樹立した革命のこと
2005.6.24 路肩爆弾 最近の多国籍軍の死者の6割近くが、路肩爆弾による敵からの攻撃によるもので、イラクの武装勢力が頻繁に使用する様になった。道路脇に数十センチの穴を掘り、爆発物を埋め、標的の車が通りかかった時に爆発させる。 斎藤昭彦さんが犠牲になったのも、この方法だ。 100メートル以上離れたところからも、リモコンにより爆発させることが可能。 但し、爆弾を仕掛ける時に、姿を見られやすいことから、地元住民らの協力がなければ難しいと言われているのも事実
2005.6.20 イランの大統領選挙 大統領は、最高指導者ハメネイ師に次ぐ地位にあり、行政府の長として国家施策全般に対する責任を持つ。立候補には、イラン国籍を持つ敬虔(けいけん)なイスラム教徒であることなどの資格要件があるが、今回は1014人が立候補の届出をするなど、一風変わっている。護憲評議会が事前審査を行う、最終的には10人程度に絞られるのだが。選挙は15歳以上の国民による直接投票で行われ、任期は4年。連続3選は禁止されている
2005.5.27 アブムサブ・ザルカウィ 2003年のバグダッドでの国連事務所爆破テロや、日本人・香田証生さん殺害事件の黒幕とみられている人物。推定38歳。ヨルダンの貧しい家に生まれ、高校中退後はアフガニスタンへ渡り、テロリストの訓練を受けた。片足は義足と言われている。ビンラディンへの忠誠を近い、自らの組織を「イラクの聖戦 アルカイダ」と改名。極めて計算高く頭脳明晰で、「聖戦」を強く信奉している。米国は、同容疑者を国際テロ組織「アルカイダ」の中心人物とみなし、その首に2500万ドル(約27億円)の懸賞金をかけ、行方を追っている
2005.5.12 聖典コーラン アラビア語で書かれたイスラム教の経典のこと。本当の発音は「クルアーン」に近く、外国で「コーラン」と言っても、通じにくいので、注意が必要です。預言者ムハンマドが伝えた神の言葉を、まとめたもので、イスラム教徒の生活上の決まりや行動倫理などが書かれている。 長さは、おおよそ500ページ程で、全世界のイスラム教徒12億人以上が、毎日読誦していることを考えると、世界一読まれている書物と言えます
2005.5.11 アンサール・アルスンナ軍 イスラム教スンニ派の武装組織で、米軍によるイラク統治後に結成された新しい団体。2004年8月末、ネパール人労働者12名の殺害が、同団体が声明・映像で発表した最初の誘拐事件以降、駐留軍の撤退やイスラム国家の樹立を主張し、イラクで働く外国人を米軍の協力者とみなし、拉致・殺害事件を繰り返している。 同団体が起こした誘拐事件で、被害者生還の確率は著しく低く、119名中たった24名、外国人の場合に限れば、22名全員が殺害されている
2005.4.27 ハリリ元首相暗殺事件 2月14日、レバノンの首都ベイルートで、ハリリ前首相を狙ったとみられる大規模な爆発があり、ハリリ前首相ら十数名が 死亡した。ハリリ前首相一行の車列が通過した際に、多量の爆発物を積んだ自動車が爆発した。ハリリ前首相は、シリア軍の駐留に反対の立場で、親シリアの大統領と対立していた。 「勝利と聖戦」と名乗る集団が、カタールの衛星放送局アルジャジーラに犯行声明を送ってきたが、背後にイラクの関与が噂されている
2005.4.15 イラクの週休2日事情 イスラム圏では、土・日は休まず、金曜日が唯一の休日です。先日、イラク暫定政府が「金・土を公休とする週休2日制の導入」を突然、発表したことに対し、市民から思わぬ反発の声が上がっています。市民らは、休日増は歓迎するものの、「土曜はユダヤ教の安息日にあたる」「土曜休日は欧米の習慣であり、イラクに押し付けようとしている」として、各地で反対集会や座り込みを行い、抵抗を続けています。 「休みが増えるのだから、いいじゃない」と我々は簡単に考えますが、彼らの宗教観は、我々が想像する以上のものがありますので、簡単に決着しそうにありませんね
2005.4.13 イスラエル入植地からの撤退 1967年の第3次中東戦争で占領して以降、イスラエルはガザ地区でのユダヤ人入植地建設を進め、現在、ガザ地区には21ヶ所の入植地が存在し、約6000人が暮らしているとされている。 シャロン首相は、38年間占領した、このガザ地区からの撤退を一方的に決め、7月の実施を計画しているが、国内右派からの強い反対に合い、実現が疑問視されている
2005.4.7 イラク移行政府 今回は、まだ暫定的な移行政府の発足であり、下の様なステップを経て、本格的な政府の樹立をめざしている。
:8月15日まで − 憲法草案を起草。
:10月15日まで − 国民投票。成立すれば・・・。
:12月15日まで − 再び総選挙。

大統領にクルド人が選出され、首相にはシーア派が就任。さらに国民議会議長にはスンニ派がすでに決まったことで、新生イラクは今後、大統領評議会、国民議会、内閣の長をクルド人、スンニ派、シーア派で分配する、バランス型政治体制をとるものと見られている
2005.2.24 イランと地震 ここ5年間で、マグニチュード5〜6クラスの地震が、5度襲っている。2003年の大地震では、死者3万人以上に上った。貧しい村落が多く、ほとんどが日干しレンガと泥で作った家屋であることが、被害を大きくしている。1979年、近代化(西洋化)に不満を持つ国民らによって、イスラム革命が成就すると、「個人の富」を否定する傾向が顕著となり、イランでは瀟洒な家屋やビル・商業施設などを見ることが少ない。  「皆が平等に幸せになろう」と始まった革命が、イランの地震被害を増大させたと考えると、残念ですね
2005.2.23 イラク駐留部隊 米国を始め、現在29ヶ国の合計約18万人の部隊が、イラク及び周辺地域での治安維持・復興支援活動を行っている。(内、米軍が約15万人を占める)。一方、スペインなど、これまでに撤退した国は9ヶ国あり、3月には、自衛隊と共同でイラク南部での活動にあたっていたオランダ軍の撤退が決まっていることから、どの国が南部に増派するのかが注目されていた。 今回のイラク選挙が一応の成功をおさめたことから、多くの国で撤退または削減が検討されている
2005.2.17 レバノンとシリア 元来、レバノンはシリアの一部として、フランスの統治下に置かれていた。1975年、キリスト教とイスラム教の対立を発端に、レバノン内戦が始まった。翌年、シリア軍が、この内戦に介入し、以降、レバノン国内に駐留している。昨年、国連安保理はシリア駐留軍の撤退を求める決議を採択している
2005.2.15 クルド人 国家を持たない最大の半遊牧民族。トルコ・イラン・イラク・シリア周辺の国境地帯に住み、総人口は2〜3000万人と言われている。独自の言語・文化を持ちながら、上記の各国に、居住地を分断されてしまった悲しい運命を持つ民族。 いずれの国でも、マイノリティーとして扱われ、各国で独立・自治を求めて政府と衝突している。イラクでは、人口の約2割にあたる500万人のクルド人が住んでおり、フセイン政権下では弾圧を受けていた
2005.2.9 中東和平構想 2003年4月、アメリカ・EU・ロシア・国連の4者により、イスラエルとパレスチナに提案された和平案のこと。両者の平和への道のりを示すことから、ロードマップ(行程表)と呼ばれている
2005.2.1 スンニ派とシーア派 スンニ派は、イスラム教の創始者、預言者ムハンマドの後継者や、その後の発展・歴史をそのまま支持する立場で、全イスラム教徒の約90%を占める。一方、シーア派は、ムハンマドの死後は従兄弟のアリとその子孫に権威が引き継がれると主張し、異なる教義を持つ
2005.1.31 イラクの勢力図 旧サダム・フセイン政権下では、バース党(スンニ派)が他派を弾圧し、強権政治を行っていたが、実際の人口比は、
:シーア派  60%
:スンニ派  20%
:クルド人  15%
:その他    5%
多くのスンニ派が、アメリカの事実上占領状態に反対し、選挙をボイコットをしたため、選挙後は、これまで弾圧を受けていたシーア派とクルド人勢力の台頭が予測される。 と同時に、民族間での亀裂・分裂が懸念されている
2005.1.26 ザルカウィ容疑者 数々のテロ事件の黒幕とされており、奥田さん殺害の際も、犯行声明を出している。 ヨルダンの貧しい家に生まれ、高校中退後、アフガニスタンへ渡り、テロリストの訓練を受けた。片足は義足と言われている。 ビンラディンへの忠誠を近い、昨年、自らの組織を「イラクの聖戦アルカイダ」と改名した。 その首には、2500万ドル(約27億円)の懸賞金がかけられている
2005.1.24 イラク国民議会選挙 全国1区の比例代表制で行われ、全275議席を争う。 約220の政党・団体が立候補の登録をすませており、候補者数は、約7500人。候補者の名前などは公表されず、政見放送も行われない。 有権者は18歳以上の男女で、全有権者数は1300万人程度と言われている
2004.12.14 パレスチナ自治政府 1993年、イスラエルとPLO(パレスチナ解放機構)によるオスロでの秘密交渉の結果、パレスチナ人による暫定的な自治が合意に至った。(オスロ合意) この合意に基づき、パレスチナはヨルダン川西岸とガザ地区で自治を開始し96年には選挙が行われ、アラファト氏が初代自治政府議長に選出された。この合意は、99年5月までの5年間とされていたが、最終の交渉がまとまらずに、現在に至っている。イスラエルとパレスチナの「暴力の応酬」は止まることなく、これまでの死者は、パレスチナ側約2500人、イスラエル側約1000人にのぼる
2004.12.7 狙われるサウジアラビア 昨年5月、首都リヤドの外国人居住区での爆弾テロにより、26人が死亡したのを始めとして、サウジアラビアでは過激派によるテロ活動が活発化している。今年5月には、東部アルコバールで外国人居住区が襲われ、外国人22人が死亡している。サウジアラビアが狙われる背景には、嫌米意識の強い中東諸国において、サウジ政府はアメリカ寄りと言われており、石油ビジネスの中心として、外国企業や外国人が多数存在することがあげられる
2004.11.25 クルド民族 国家のない最大の半遊牧民族。トルコ・イラン・イラク・シリア周辺の国境地帯に住み、総人口は2〜3000万人と言われている。独自の言語・文化を持ちながら、上記の各国に居住地を分断されてしまった悲しい運命を持つ民族。いずれの国でも、マイノリティーとして扱われ、各国で独立・自治を求めて政府と衝突している。イラクでは、人口の約2割にあたる500万人のクルド人が住んでおり、フセイン政権下では弾圧を受けていた
2004.11.16 イラン 24年もの長期にわたり、米国との断交を続けているイスラム教国家。人口約7000万人、原油・天然ガスなどの豊富な天然資源を産する。1979年、ホメイニ師をリーダーとする、イスラム原理主義に基づくイラン革命が起こり、以降、徹底したイスラム教国家としての道を歩む。その嫌米姿勢は徹底されており、私が訪れた国の中で、唯一、マクドナルド・スターバックスなどの、アメリカ系チェーン店が無かった国です。また、友人(イラン人)の一人が、ナイキの靴を商売していることが発覚し、当局から処罰を受けたこともあります
2004.11.15 イラク国民議会選挙 イラク国民の自治を実現するために、来年1月に総選挙が予定されている。アメリカは、1月の選挙までに武装勢力を完全排除し、総選挙を平和裏に実現することによって、イラクに民主主義を根付かせたいと考えている。しかし、イスラム聖職者委員会などの国内の宗教勢力は、今回のファルージャへの攻撃を「ファルージャでの大量虐殺」と位置付けし、総選挙のボイコットを相次いで表明している
2004.11.12 ヤセル・アラファト(75) 1929年エジプト・カイロで生まれ。カイロ大学で工学を学ぶ。1959年 地下組織「ファタハ」を創設し、本格的にパレスチナ解運動を開始する。68年、ヨルダンでイスラエル軍に勝利し、一躍英雄となり、翌69年、PLO(パレスチナ解放機構)の議長に選出される。70年、ヨルダンの内戦勃発で、軍に追われ、レバノンへ脱出。82年、イスラエルのレバノン侵攻で、今度はアフリカ・チュニジアに逃れる。94年、27年振りにパレスチナ・ガザへの帰還を果たす。同年、イスラエルのラビン首相らとともに、ノーベル平和賞を受賞。96年、住民選挙に圧勝し、パレスチナ自治政府議長に選出される
2004.11.9 ファルージャ イラク中部のバグダッド、ラマディ、ティクリートの3都市を結ぶ一帯は、「スンニ派三角地帯」と呼ばれ、現在、イラクで最も治安の悪い地域とされている。この地域の一角に位置するファルージャは、武装勢力が支配しており、反米闘争の最大拠点でもある。今年4月にも、米軍はファルージャへの大規模な攻撃を行ったが、この時は、一般市民約700人の犠牲者を出し、国際社会から批判を浴びた
2004.11.1 ウサマ・ビン・ラディン(47) サウジアラビアで建設業を営む大富豪の家族の出身。1979年、ソ連のアフガニスタン侵攻の際、義勇兵として、アフガニスタンに渡り、ソ連軍との戦闘に参加。当時は、冷戦下にあったアメリカからの支援を受けていた。この時に、戦友らと結成したのがアルカイーダである。ケニアとタンザニアで起きた米大使館爆破事件では、殺人罪で起訴され、アメリカが行方を追っている
2004.10.29 PLO(パレスチナ解放機構) パレスチナをイスラエルの占領から解放することを目的として、1964年に結成された。69年、ゲリラ組織ファタハのリーダーであったアラファト氏が議長に就任し、以降、93年にパレスチナ暫定自治政府ができるまで、パレスチナを代表する政治組織として、自治及び外交を続けていた
2004.10.28 イラクからの撤退 治安維持や人道支援を目的をし、イラクに軍隊を派遣した国は約37カ国にのぼるが、既に7カ国が撤退し、他の多くの国も撤退や規模の縮小を検討している。スペインが、列車爆破テロ事件を契機に5月に撤退。フィリピンは、今回の様な人質事件が契機となり、7月に撤退している
2004.10.25 イスラム教の断食月(ラマダン) イスラム教暦の9月は断食月とされ、イスラム教信者は、日の出から日没までの一切の飲食が禁止されている。また、この期間は、特に信仰心を強く持つ様にするものとされていることから、信者の間で、アメリカへの敵対心が増長されていると思われる。イラクでは、断食月に入った今月15日頃以降、特に、米軍や外国人を狙った攻撃が多発している
2004.10.14 イラク復興信託基金 2003年10月のマドリード会議で、各国より、総額で330億ドルの支援が表明されたが、現在の拠出総額は10億ドルにしか達しておらず、早期に、現地での治安・政治の安定が求められている。日本は米国に次いで、2位の50億ドルの拠出を表明したが、現在までのところ、4.9億ドルしか拠出していない





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